自然のちから学

大気光(エアグロー)発生のメカニズム:高層大気の化学発光

Tags: 大気光, エアグロー, 高層大気, 化学発光, 超高層物理学

大気光とは

大気光(Airglow)は、地球大気の上層部で発生する微弱な自然発光現象です。昼間、夜間、薄明時に関わらず常に発生していますが、昼間は太陽光によってかき消されるため観測が困難です。一般的に地上から肉眼で観測できるのは、月明かりや人工光がない暗い夜間のみです。主に高度80kmから300kmにかけての領域で観測され、特に中間圏界面(約80-100km)と熱圏(約150-300km)に顕著な発光層が存在します。大気光は、オーロラとは異なり、地球全体にわたって比較的均一に発生するのが特徴です。

オーロラとの違い

大気光とオーロラは、ともに大気が発光する現象ですが、その発生メカニズムと特徴には大きな違いがあります。オーロラは、太陽から飛来する荷電粒子(主に電子や陽子)が地球磁気圏に捕捉され、磁力線に沿って降下し、高度100km以上の熱圏大気の原子や分子と衝突することで励起させ、その励起状態からの遷移に伴って発光する現象です。これは、エネルギーの高い粒子が外部から供給されることによる粒子衝突励起が主たるメカニズムです。

一方、大気光の主要なメカニズムは、主に太陽紫外線による高層大気成分の解離や電離、あるいは化学反応によって生じた励起状態の原子や分子が、余分なエネルギーを光として放出する現象です。特に夜間大気光(Nightglow)は、昼間に太陽紫外線によって解離された分子や原子が夜間に再結合する際に発生する化学発光が重要な寄与をしています。オーロラが極域で頻繁に観測されるのに対し、大気光は低緯度を含む地球全体で観測されます。

大気光の主要な発光メカニズム

大気光の発光は、高層大気中で起こる様々な化学反応や物理過程によって引き起こされます。主なメカニズムには以下のようなものがあります。

1. 原子状酸素の再結合と遷移

夜間大気光の最も重要な成分の一つに、酸素原子(O)による発光があります。昼間、酸素分子(O₂)は太陽紫外線によって解離され、原子状酸素として高層大気に存在します。夜間になると、これらの原子状酸素が再結合する際にエネルギーが放出され、これが励起状態の酸素分子や酸素原子を生成します。

2. 水酸化物(OH)ラジカルの振動遷移

中間圏界面付近(約80-95km)の夜間大気光において、OH(水酸化物ラジカル)による発光が非常に重要です。この発光は、オゾン(O₃)と水素原子(H)との間の化学反応によって生成される励起状態のOHラジカル(OH*)の振動エネルギーが光として放出されるものです。

3. ナトリウム(Na)原子の発光

散在する金属原子(流星塵など由来)による発光も大気光の一部として観測されます。特にナトリウム(Na)原子は、中間圏界面付近(約90-100km)に薄い層を形成しており、化学反応や衝突によって励起されたNa原子が約589.0 nmと589.6 nm(ナトリウムD線)の黄色い光を放出します。

4. 酸素分子(O₂)による発光

前述のO原子再結合以外にも、酸素分子による発光が見られます。

観測手法と科学的意義

大気光は非常に微弱なため、その観測には高感度な分光器やイメージャーが用いられます。地上からの観測に加え、ロケットや衛星を用いた宇宙からの観測により、高度分布や全球的な変動が詳細に調べられています。

大気光の観測は、高層大気における化学反応、温度、密度、風などの状態を非破壊で計測するための重要な手段です。特に中間圏界面付近の温度や風は、OH発光やO₂発光のドップラーシフトやスペクトル形状から推定されます。また、金属原子層の発光は、流星塵の降下や大気循環に関する情報を提供します。大気光の変動は、太陽活動、惑星波や潮汐波といった大気波動、さらには気候変動との関連も指摘されており、高層大気のダイナミクスを理解する上で不可欠な研究対象となっています。

まとめ

大気光は、高層大気中で起こる多様な化学反応や物理過程によって引き起こされる自然発光現象です。主に酸素原子・分子、水酸化物ラジカル、ナトリウム原子などの発光が観測されます。オーロラとは異なり、地球全体で発生し、そのメカニズムは主に化学発光です。大気光の観測は、高層大気の状態を診断し、大気波動や太陽活動との関係性を探る上で重要な科学的意義を持っています。最新の研究では、その全球的な分布や長期間の変動傾向が詳細に解析されており、地球大気システム全体の理解に貢献しています。