自然のちから学

クリアエアタービュランス(CAT)の発生メカニズム:大気波動と風速シアの相互作用

Tags: 晴天乱気流, CAT, 大気物理, 乱気流, 風速シア

はじめに

クリアエアタービュランス(Clear Air Turbulence、以下CAT)は、雲がない晴天域で突発的に発生する大気の乱れであり、特に高速で飛行する航空機の運航において重要な課題となっています。視覚的な兆候がないため予測が難しく、乗客や乗員への影響、機体への負担を引き起こす可能性があります。本稿では、このCATがなぜ、そしてどのように発生するのかについて、大気物理学的なメカニズムを中心に解説します。

CATの定義とその特徴

CATは文字通り「クリアエア」、すなわち雲が存在しない領域で発生する乱気流を指します。これは、対流雲(積雲や積乱雲)に伴う上昇・下降流や渦によって発生する乱気流とは性質が異なります。CATは主に高度6,000メートルから12,000メートル付近の対流圏上部や成層圏下部で発生しやすく、特にジェット気流の近傍や山岳の風下側で観測されることが多い現象です。その空間スケールは数十メートルから数百キロメートルと幅広く、突発的かつ局所的に発生する性質を持っています。

CATの主な発生メカニズム

CATの発生には複数の要因が関与していますが、主要なメカニズムとして以下の二つが挙げられます。これらは単独で作用することもあれば、複合的に発生することもあります。

1. 風速シア(Wind Shear)

風速シアとは、空間的に風速や風向が変化する度合いを指します。特に高度方向や水平方向における大きな風速差が存在する領域で、CATは発生しやすくなります。ジェット気流は代表的な強風帯であり、その中心付近や縁辺部では、周囲との間に大きな風速シアが存在します。

このような風速シアが存在する層では、大気の運動エネルギーが不安定化し、「ケルビン・ヘルムホルツ不安定性(Kelvin-Helmholtz Instability)」と呼ばれる波動が発生することがあります。これは、異なる速度で移動する二つの流体層の境界面で発生する波であり、その波の振幅が大きくなると崩壊し、小さな渦(乱気流)を生成します。大気中では、ジェット気流の強い風速シア層において、重力波などがこの不安定性を引き起こし、CATが発生することが知られています。

具体的には、リチャードソン数(Richardson Number, Ri)という無次元数が、大気の安定性とシアによる乱流生成のバランスを示す指標として用いられます。リチャードソン数が小さい(およそRi < 0.25)場合、浮力による安定化効果よりもシアによる不安定化効果が上回り、乱流が発生しやすい条件となります。ジェット気流のような強風軸の直上や直下、あるいは南北の縁辺部では、この風速シアが大きく、リチャードソン数が小さくなるため、CATが発生する潜在的な領域となります。

2. 山岳波(Mountain Wave)

山岳波は、大気の安定成層下において、風が山脈などの地形を乗り越える際に発生する重力波です。地形によって持ち上げられた空気塊は、浮力によって元の高度に戻ろうとしますが、慣性により振動を続けながら風下側に伝播していきます。この波動は、山頂付近で振幅が最大となる定常波成分と、風下側に伝播していく移動波成分から構成されます。

山岳波の振幅が大きくなりすぎると、特に波の頂上付近で空気がオーバーターンし、波動が崩壊して乱気流が発生します。これは「波のブレークダウン(Wave Breaking)」と呼ばれ、強いCATの発生源となります。山岳波によるCATは、地形の風下数百キロメートルにまで影響を及ぼすことがあります。例えば、大きな山脈(アルプス山脈、ロッキー山脈、ヒマラヤ山脈など)の風下側は、山岳波起因のCATが頻繁に観測される領域です。

その他の要因

上記の主要メカニズムに加え、対流圏界面付近における大気層の折り込み(フォールディング)や、他の大規模な大気波動(例:ロスビー波)の相互作用なども、局所的な風速シアを強め、CATの発生に関与している可能性が指摘されています。また、晴天域であっても、遠方に存在する対流系から伝播してきた重力波がCATを引き起こすこともあります。

CATの観測と予測の現状

CATは視覚的な兆候がないため、その発生を事前に正確に予測することは非常に困難です。現在の航空気象サービスでは、数値予報モデルによって予測される風速シアや山岳波の状況、過去の観測データなどを総合的に分析し、CAT発生の可能性が高いエリアを予報しています。

観測手段としては、航空機に搭載された加速度計や揺れセンサーによるデータ収集、地上のウィンドプロファイラーレーダー、上空観測気球によるデータなどがありますが、これらのデータは空間的・時間的に限定的です。近年の研究では、航空機搭載型のライダー(Lidar)を用いて、前方の空気の動きを検知する技術開発も進められています。

数値予報モデルの精度向上や、より高解像度な大気モデリングによって、CAT予測の精度は徐々に向上していますが、その突発的かつ局所的な性質から、ピンポイントでの正確な予測には依然として大きな課題が残されています。特に、波動の崩壊や乱流生成といった非線形なプロセスを精度良くモデル化することは、計算能力や物理パラメタリゼーションの観点から難しい側面があります。

最新の研究動向

CATに関する最新の研究は、主に以下の方向で進められています。

これらの研究は、航空機の安全運航に不可欠なCAT予測精度の抜本的な向上に貢献することが期待されています。

まとめ

クリアエアタービュランス(CAT)は、雲のない領域で発生する予測困難な乱気流であり、その主な発生メカニズムは、ジェット気流周辺の強い風速シアによるケルビン・ヘルムホルツ不安定性や、山岳波の崩壊によって引き起こされる波動のブレークダウンです。リチャードソン数や山岳波理論といった大気物理学的な概念が、その発生条件を理解する上で重要となります。現在のCAT予測には限界がありますが、高解像度数値予報、新たな観測技術、そして基礎的な物理メカニズムのさらなる解明に向けた研究が進められており、将来的な予測精度の向上が期待されています。