地震波トモグラフィ:地球内部構造の三次元可視化原理
はじめに:なぜ地球内部構造を知るのか
地球の内部は、地殻、マントル、核という同心円状の層構造を持つことが知られています。しかし、これらの層がどのように構成され、どのような物理状態にあるのか、また、内部でどのようなダイナミックなプロセスが進行しているのかを詳細に理解することは容易ではありません。地球深部は高温高圧であるため、直接的に探査することは現在の技術では極めて困難です。
地球内部の構造と物性を知ることは、地震発生メカニズム、火山噴火、プレートテクトニクス、地球ダイナモ(地磁気の成因)といった様々な自然現象を根本から理解するために不可欠です。これらの現象は地球内部の活動に深く根差しており、その解明には内部構造に関する正確な情報が求められます。
このような背景のもと、地球物理学では地震波を利用した間接的な探査手法が発展してきました。その中でも、地球内部の三次元的な速度構造を詳細に明らかにする強力な手法が「地震波トモグラフィ」です。本記事では、この地震波トモグラフィの科学的原理と解析手法について解説します。
地震波の性質とその伝播
地震が発生すると、震源から様々な種類の地震波が放出されます。主なものとして、地球内部を伝わる実体波(P波、S波)と、地表面沿いを伝わる表面波(ラブ波、レイリー波)があります。
- P波(Primary wave、縦波): 物質の圧縮・膨張によって伝わる波で、固体・液体・気体中を伝播します。進行方向に対して粒子が平行に振動します。最も速く伝わるため、観測点に最初に到達します。
- S波(Secondary wave、横波): 物質のせん断変形によって伝わる波で、固体中のみを伝播します(液体や気体中は伝播しません)。進行方向に対して粒子が垂直に振動します。P波よりも遅く伝わります。
これらの地震波が地球内部を伝播する際、通過する媒質(地球内部の岩石など)の速度構造(地震波速度分布)や密度の違いによって、その速度や経路が変化します。速度構造は、その場所の温度、圧力、組成、水分量など、物理状態を反映しています。例えば、一般的に温度が高い場所では地震波速度は遅くなり、温度が低い場所や密度が高い場所では速くなる傾向があります。また、波は屈折や反射を起こし、地球内部の境界で様々な経路を辿ります。
地震波トモグラフィの基本原理:走時異常の利用
地震波トモグラフィは、医療分野で用いられるX線CTスキャンと同様の再構成原理に基づいています。多数の地震観測点で得られた地震波の「走時」(地震発生から観測点に波が到達するまでの時間)データを利用して、地下の速度構造の偏り(速度異常)を推定します。
その基本的な考え方は以下の通りです。
- 理論走時の計算: あらかじめ仮定した地球内部の平均的な速度構造モデル(例: 地球全体を半径方向の速度分布のみで表現した一次元モデル)に基づき、特定の震源から各観測点への地震波の理論的な走時を計算します。
- 観測走時の測定: 実際に発生した地震について、各観測点で記録された地震波形から、地震波(特にP波やS波の初動)が到達した時刻を正確に測定します。この到達時刻と地震発生時刻との差が観測走時です。
- 走時異常の測定: 観測走時と理論走時の差を「走時異常」として算出します。
- 速度構造異常の推定: 観測された走時異常は、地震波が通過した地下の速度構造が、仮定した平均モデルからどの程度ずれているか(速度異常)を反映していると考えられます。例えば、あるパスで走時が理論値よりも遅れた(正の走時異常)場合、その波が通過した経路上のどこかに、波の速度が平均よりも遅い領域(低速度異常)が存在することを示唆します。逆に、走時が速かった(負の走時異常)場合は、高速度異常の領域が存在することを示唆します。
地震波トモグラフィは、多数の異なる震源-観測点パスについて収集された走時異常のデータセット全体を用いて、地球内部のどの領域がどのような速度異常を持っているかを逆解析によって推定することで、三次元的な速度構造モデルを構築する手法です。
観測データ収集と処理
地震波トモグラフィ解析には、質の高い走時データが大量に必要となります。データは主に世界各地に設置された地震観測網(例: 高感度地震観測網、広帯域地震観測網、国際的な地震観測網であるGSNなど)で記録された地震波形から取得されます。
解析対象となるのは、世界中で発生する地震のデータです。特に、深発地震や規模の大きな地震は、地球内部深くまで波が到達するため、深部構造の解明に重要です。また、広帯域地震計や高性能のデータ収録装置によって記録された波形は、精度の高い走時測定を可能にします。
観測された地震波形から、P波やS波などの特定の位相の到達時刻を正確に「験測(ピックアップ)」します。この験測作業は手動で行われることもありますが、近年では自動験測技術も進展しています。正確に決定された震源位置・発生時刻と観測点位置、そして験測された到達時刻を用いて、各パスにおける観測走時が計算されます。これらの走時データが、トモグラフィ解析の入力データとなります。
逆解析による構造推定
走時異常データから地下の三次元的な速度構造を推定するプロセスは、「逆解析」と呼ばれます。これは数学的には「不適正問題」(入力データにわずかな誤差が含まれるだけで解が大きく変動したり、解が一意に定まらなかったりする問題)となることが多いため、慎重な取り扱いが必要です。
解析では、まず地球内部を多数のブロック(セル)に分割します。そして、各ブロックにおける速度異常量(未知数)と、各震源-観測点パスの走時異常(既知データ)との間に成り立つ関係式を導出します。この関係式は、地震波が各ブロックを通過する際のパスの長さと、そのブロックの速度異常量に依存します。
得られた多数の線形方程式(または非線形方程式を線形化)を解くことで、各ブロックの速度異常量を推定します。一般的には、最小二乗法を用いた行列計算や、反復計算手法などが用いられます。不適正問題に対処するためには、解の滑らかさを仮定したり、解が大きく変動しないように制約を加えたりする「正則化」の手法が不可欠となります。正則化の程度によって、得られるモデルの解像度や滑らかさが変化します。
解析の結果として、地球内部におけるP波速度やS波速度の三次元的な異常分布モデルが得られます。この速度異常分布は、例えばマントル中の温度分布や組成変化、部分溶融の程度などを反映していると考えられ、地球内部の状態やダイナミクスを推測する手がかりとなります。
解像度と不確実性
地震波トモグラフィによって得られる地下構造モデルの「解像度」は、観測点や地震の分布、データの質、使用する地震波の周波数帯域、そして解析手法に大きく依存します。走時データが得られるパスが密に交差している領域ほど、地下構造を詳細に分解して識別できる解像度は高くなります。逆に、パスが少ない領域(特に深部や海洋下など)では解像度が低くなり、構造の詳細を捉えることが難しくなります。
モデルの信頼性を評価するために、「解像度試験」(例: チェックボードテスト)などが実施されます。これは、仮定の速度異常パターン(例: チェックボード状の高速度・低速度異常)を持つ地下モデルから理論走時異常を計算し、これに観測ノイズを付加したデータを逆解析した場合に、元の仮定パターンがどの程度再現されるかを確認する手法です。これにより、解析で得られた速度異常パターンが実在する構造を反映しているのか、あるいは解析のアーチファクトであるのかを判断する上での重要な情報が得られます。
また、解析結果には常に不確実性が伴います。走時測定の誤差、震源位置・時刻の誤差、一次元速度モデルからのずれ、逆解析における線形化や正則化の影響などが、モデルの不確実性の要因となります。これらの不確実性を適切に評価し、結果と共に提示することが科学的な厳密さを保つ上で重要です。
応用と最新研究
地震波トモグラフィは、地球科学の様々な分野に応用され、重要な知見をもたらしています。
- マントルダイナミクス: マントル中の大規模な低速度異常領域(高温な上昇流、マントルプリュームなど)や、高速度異常領域(低温な沈み込みスラブなど)の分布を明らかにし、マントル対流の様式や物質循環の理解に貢献しています。
- プレートテクトニクス: 沈み込んだプレート(スラブ)の形状や深部への到達深度、スラブ内の速度異常(相転移や脱水などを示す可能性)などを詳細に捉え、プレート沈み込みのメカニズムや関連する地震発生との関係を研究しています。
- 地震発生域の構造: 地震が発生する断層面周辺や、固着域(アスペリティ)周辺の速度構造異常を解析することで、地震発生準備過程や破壊伝播に関連する物理状態を推定する研究が行われています。
- 火山下の構造: 火山直下のマグマ溜まりやマグマの供給経路は、一般的に低速度異常として検出されます。トモグラフィ解析は、マグマ系の形状、深さ、体積などの推定に役立ち、火山活動予測の基礎データとなります。
近年では、地震観測網の高度化(例: 海底地震計網の整備による海洋下の観測密度の向上)や、地震波形の背景ノイズの相関を利用した手法(地震波干渉法やノイズ相関法)など、新しい技術や手法が開発・応用されています。これにより、これまで観測が困難だった地域の構造研究や、より高分解能な構造推定が可能となり、地球内部の理解は深化し続けています。
まとめ
地震波トモグラフィは、地震波の伝播特性を巧妙に利用し、直接観測が困難な地球内部の三次元的な速度構造を明らかにするための、地球物理学における基幹的な探査手法です。多数の震源-観測点パスにおける地震波走時異常データから、地球内部を分割した多数のブロックにおける速度異常を逆解析によって推定します。
この手法によって、マントル対流、沈み込みプレート、地震発生域、火山下マグマ系など、地球内部の様々な構造が詳細に可視化され、地球のダイナミクスや自然現象のメカニズムに関する理解が飛躍的に進展しました。今後も、観測技術や解析手法のさらなる発展により、地球内部構造に関するより詳細で信頼性の高い情報が得られることが期待されます。